いつか未来のどこかで、永遠の命は人類にとってもう手の届かないものではなくなるのかもしれない。
もし私が生きている間にその技術的ブレイクスルーが起きたとしても、私は正直、永遠の命なんて全然ほしくない。
ただ、自分の人生が一気に意味のないものになったと感じると思う。ゲームで考えてみてほしい。自分で一生懸命スキルを鍛えて、うまく遊べるようになって、かなり満足していたのに、ある日突然チートコードを入れられて、強制的にチート状態にされる。普通の人なら、これはもうセーブデータが壊れたな、もう遊びたくないな、と思うと思う。
永遠に生きる世界では、あなたはもう全力で誰かを愛さなくなる。大切な人がいつか消えてしまうかもしれないと、宝物みたいに心配することもなくなる。極端に言えば、すべての人を「愛する」ことすらできるかもしれない。そしてその先にあるのは、終わりのない退屈と孤独だと思う。夢、欲望、自分の価値を追いかける動力もなくなる。時間が無限だから。記憶も、経験も、道徳も、感情も、思想さえも、意味を失っていく。すべての可能性はいつか掘り尽くされて、最後には本当の虚無に落ちていく。そこまで行ったら、死はもう一度、本当の意味で唯一の答えになる。
もちろん、この例はかなり極端だ。人間の体で、そこまでの意味で永遠に生きることはたぶんない。でも間違いなく、それは人に、自分が持っているものを大切にしなくさせると思う。そして「人間である」という存在そのものを、永遠の無意味さの中に落としてしまうと思う。
人は、命が限られているからこそ、全力で素晴らしい人生を生きようとする。自分が本当に望む人生を生きようとする。
とはいえ、人類の平均寿命が、健康な状態で、あと五十年から百年くらい伸びることには、実はそこまで反対ではない……死ぬまでにどれだけ頑張っても終わらないくらい、やりたいことがたくさんある気がするから。笑